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ヒロシマの記憶を継ぐ人
インタビュー

No.5

“継承する”とはどういう意味を持つのか、若者の視点から模索したい

福岡 奈織Nao Fukuoka

カフェで若者と被爆者がつながる「はちろくトーク」主宰

福岡奈緒

今、ヒロシマを語り継いでいる人たちは何を想い、何を伝えようとしているのでしょうか。
広島のカフェで若者と被爆者をつなげる「はちろくトーク」を企画している学生グループ「Lingua franca」のメンバー 福岡さん。 活動をはじめたきっかけや、想いを伺いました。

Section 1「はちろくトーク」について

福岡さんは大学を卒業されたばかりと伺っています。

福岡さん

はい。今23才で、普段は放課後児童クラブのスタッフをしたりNPOに所属したりしています。

企画をされている「はちろくトーク」の内容を教えて頂けますか?

「Lingua franca」のWebサイト

※「はちろくトーク」主催団体「Lingua franca」のサイト

「はちろくトーク」は、平和文化都市と呼ばれる広島に集まる特に若いひとたちへ、平和に触れるきっかけをつくろうと3年前(2014年)から広島の学生グループ「Lingua franca」が企画しているイベントです。 被爆者と出会い何かを考えて頂くきっかけとなる空間作りが大きな目的で、檀上からではなく、カフェというフラットな場所で行う“自分たちが行きたいイベント”をコンセプトにしています。
堅苦しくて入りにくいイメージがある被爆証言会をもっと若者が来やすいものにアレンジしています。
運営するメンバーは広島県内のいろいろな大学から集まっています。これまで3回の「はちろくトーク」を行ってきましたが、どれも集まったメンバーのアイデアや感性が詰まっています。一人一人がそれぞれの考え、想いを持った自慢の仲間たちです。

「はちろくトーク」への参加者はどんな方が多いですか?

福岡さん

被爆証言を初めて聴く方が多いです。1番多いのは大学生です。
学生として広島に来たけれど、平和活動は敷居が高くて何を行えばいいかわからないといった方や、友達に誘われて来てくださった方、そのほかにも中高生や、若い社会人の方、お母さんと一緒に5歳の子どもが参加してくださったこともあります。

企画を立ち上げたきっかけを教えていただけますか。

福岡さん

きっかけは、被爆者の話を広島の若者に聴いてもらうイベントを主催してほしいと依頼を受けて企画した別のイベントです。 学生向けに広報した結果、県内だけでなく県外の学生が100人以上参加してくださり”求められている”と感じました。その時の経験を活かして、大学生が中心となり、若者が広島で平和について考えるきっかけをつくり続けたいという想いで「はちろくトーク」をスタートさせました。
「はちろくトーク」では”被爆者と若者、若者と若者が対話すること””参加者がフラットに話を聴き、言葉を発すること”を大切にしています。そのヒントは、NGOピースボートの主催する「おりづるプロジェクト」に私自身が参加した経験からも得られた気がします。

Section 2ピースボート乗船の経験

「おりづるプロジェクト」とはどういったものなのでしょう?

福岡さんとの会話

※ピースボートの活動「おりづるプロジェクト」

ヒロシマ・ナガサキの被爆者が被爆体験を伝承し、次世代も育成していくために若者と被爆者がピースボートに同乗して核廃絶のメッセージを世界に届ける活動です。 内容としては、大きく二つあります。まず、約3か月半の航海の間、乗船者約800人に対して、原爆のこと、核兵器のこと、被爆のことなどについて学んで頂くためのワークショップを行います。


そして、外国の寄港地では現地の人たちと交流を深めながら、原爆の実相と現在の核にまつわる課題について意見交換を行います。どちらも準備から当日までのすべての過程を被爆者と若者とが一緒になって行い、毎日朝から晩まで膝を付き合わせて話をする生活でした。


ピースボートに乗船されたのは、そのプロジェクトを知ったからですか?

知ったことが直接乗船につながったわけではないのですが、ある日、ピースボートに乗りませんかとお誘いの電話が立て続けにあり、知り合いの被爆者のおじいちゃんからも同じ日にメールが来て”なにか縁がある”と感じ、乗船を決めました。

他にも理由があります。 “継承する”とはどういう意味を持つのか、一緒に旅する被爆者とともに、若者の視点から模索したいと思ったからです。


私のバックグラウンドをお話しすると、被爆3世です。広島では次世代への継承という言葉がよく取り上げられます。今まで自らの意志で被爆者の話を興味を持って聴いていたのですが「被爆3世だからですか?」と問われることが多く、メディアでもそのように取り上げられてきました。むしろ、私は祖父の証言も知らず3世として意識して生きてこなかったので、“被爆3世”と括られるのが嫌でした。“平和活動”も避けてきました。 ピースボートに乗る前は継承という言葉は漠然としていて、違和感を覚えていました。被爆者とともに企画をし、生活をすることで継承することについてなにかヒントにつながるのではないかと考え、乗船しました。


継承することへのヒントは参加している間に見えてきたのでしょうか?

福岡さんとの会話

ピースボートでの経験を通し、被爆者のお話でどういうところが伝わりやすいのか。 センシティブであるがゆえに気を付けなければならない点など、企画をする際の注意点がわかってきました。気づいたのは、一方的に話してしまうと、伝わらない。また聞いていただく方に”自分事”だと思ってもらう仕掛けが必要だと感じました。


海外で証言する際には、即興で話すことによって正しく伝わらない事態を避けるため、事前に原稿を準備しました。間違って通訳をしないためと、相手の出身国に応じて伝わりやすくするためです。アジアを例にすると「私たちはこんなひどい目に遭いました。」では、何も伝わらない。響かない。ヨーロッパの方に対しては、アジアで起きた原爆は遠いことなので、どう自分たちのこととして結び付けてもらうかの工夫を行いました。核保有国の方には、どういった姿勢で被害者の話を聴いて頂くかの工夫について、被爆者と共に考えていきました。


“平和活動”という名前がついてしまうと、敷居はどんどん高くなってしまいます。 継承という言葉は、ただ言えばいいというわけではない。伝える側、伝えられる側が相互に言葉を交わさなければ、その先に何も生まれないと感じました。 それらを盛り込んだイベントとして、帰国後、賛同してくれた広島の学生たちと「はちろくトーク」開催に至りました。

Section 3未来へ継ぐ想い

「はちろくトーク」の参加者の感想はどのようなものがありましたか?

福岡さん

企画終了後にはいつも参加者の方に被爆者へお礼の手紙を書いていただいています。
その手紙の中には、8/6のキノコ雲の下で“人”に何が起きていたのか、考えるきっかけになったといった感想や、多数意見ではないかもしれませんが「平和について考えている人が思っていた以上にたくさんいて、平和についてフラットに話せる場を通し、元気・勇気をもらった」といった感想がありました。
企画後、参加者同士でとうろう流しを行ったり、個人的に被爆者の話をもっと聴きたいと連絡してくださる方もいたりして、こういったテーマを考える入口になったのではないかと手ごたえを感じています。

今後「はちろくトーク」をどういうものにしていきたいですか?

福岡さん

これまでは、私が主として携わってきましたが、これからはまた別の学生が関わって被爆者と学生が関わるきっかけの場所として続けてほしいと考えています。
反戦・反核というものが付きまとうテーマですが、ただ、被爆者の話に耳を傾けること・原爆を体験した人たちとの関係性に価値を持ち続ける団体であってほしいです。
人と人との出会い・関わりを大切にし、心と心で会話することに焦点を当てることを大事にし続けて欲しいと思っています。