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ヒロシマの記憶を継ぐ人
インタビュー

No.13

被爆体験そのものを詳しく知り、覚えておく気持ちは大事だと思いますが、その前に、それすら語れなかった人たちがいることを忘れてはいけないと思います。

土肥 幸美Yukimi Dohi

広島平和記念資料館 学芸員

土肥 幸美さん

今、ヒロシマを語り継いでいる人たちは何を想い、何を伝えようとしているのでしょうか。
広島平和記念資料館で学芸員として勤務されている土肥幸美さん (30)。
プライベートでは「演劇集団ふらっと」の朗読劇を通して被爆の実相を伝えています。
学芸員の仕事内容や、継承において土肥さんが大切だと思うことを伺いました。

Section 1学芸員の仕事内容

今回は、1年目の企画展から資料の貸し出しなどでお世話になっている広島平和記念資料館 (※以下 : 資料館) 学芸員の土肥幸美さんにお話をお伺いしたいと思います。

土肥 幸美さん

よろしくお願いします。

土肥さんが学芸員として働き始めたのはいつからですか。

土肥 幸美さん

23歳の時からです。はじめて所属になったのは資料館の啓発課という部署で、その後、今の学芸課に異動しました。今年度で7年目になります。

もともと平和に携わるお仕事をされたいと思っていたのでしょうか。

学芸員と一口にいっても現代史が得意な人や中世が得意な人、美術史が得意な人、科学史が得意な人と、いろいろです。

私は、博物館で働きたいと思っていたことや、歴史が好きだったこと、広島出身で祖父母が被爆者でしたので平和について考える仕事につきたいとなんとなく思っていたことが、広島平和記念資料館への就職につながりました。

学芸員のお仕事の内容について教えてください。

学芸員は、博物館資料の収集・保管・展示・研究や教育に携わる仕事です。
資料館では、常設展や企画展で何をどのくらいの期間展示をするかといった企画を考えたり、資料の保存をおこなったりしています。

資料を保存する業務とはどういったものですか。

資料を保存する場所の、空気、温度、湿度の管理や害虫駆除を行っています。
70年以上前の資料で、被爆の痕跡があるものは脆くなっていますので取り扱いには細心の注意を払っています。

原爆当時、その場所にあった物を資料として現代まで保管し続ける意味や重要性は何だと思いますか。

物的証拠は失われたら戻らないので保管する。というところが一番大きいのではと思います。いくら書物や写真や映像で、昔こういうことがあってこういった状態でしたと説明されていても実物にかなうものはないのではと思います。

Section 2資料館の展示について

資料館の展示内容はどういった形で決めていくのでしょうか。

土肥 幸美さん

企画展は、毎年年度はじめなどに企画担当者を決めて進めていきます。
常設展は今、リニューアルの最中ですが (注 : 2018年現在 広島平和記念資料館の本館がリニューアル工事中)、担当学芸員4名と上司、展示制作業者と一緒に話し合いながら展示内容を考えていきます。
具体的には、有識者が集まる会議でご意見を頂きながら、学芸員がどういった資料を展示するか方向性を決め、展示制作業者のアドバイスをいただきながら展示方法を考えていく、といった流れです。

展示内容を考える中で心がけていることはありますか。

土肥 幸美さん

資料館で展示をされている資料の多くは、被爆者の方のご遺品を寄贈していただいたものです。
資料をお預かりする時、資料にまつわるエピソードを詳しく聞き取るのですが、そのエピソードの中で被爆者や寄贈者の方が一番伝えたいことは何かをいつも考えながらヒアリングをして、展示の解説文に反映しています。
あとは、資料自体の歴史背景も必要なので、出来るだけ客観的な視点で、史実を伝えていくことを心がけています。

被爆者ご自身が直接資料館へ資料を寄贈をされることは、やはり少なくなってきているのでしょうか。

はい。もちろんご本人が持参されることもありますが、最近多いのはもっと下の世代で、娘さんや息子さん、甥っ子、姪っ子さんが、ご家族の体験を残しておきたいという相談で来られることが多いです。

当事者ではない方から資料に関するエピソードを伺う形になりますね。

そうですね。これからの時代の課題だと感じます。
被爆者の方が亡くなった後、遺品整理をしていた時に出てきた資料に関しては、ご遺族の方が口伝えで聞いていることを伺うことになりますが、中には、親御さんが被爆したのは知っているけれど、その内容を全く聞いていなかった、という方もいらっしゃいます。
当事者の方が生きていらっしゃる間に聞いておくことの大切さを痛感します。

Section 3地方・海外での展示

私たちの企画展 (継ぐ展) の本展は、あえて広島以外の場所で開催しているのですが、土肥さんが携わった展示で、地方で開催されたものはありますか?

はい。地方での企画展は、平成8年から広島市と資料館が事業として行っており、私自身は5年間ほど担当させていただきました。

展示企画の時に気を付けていることは、いかにそこに住んでいる方たちに広島の出来事を身近に考えていただけるかということです。

例えば、新潟県で原爆展をした時には、新潟に関連した内容をまとめて新しくパネルをつくって展示をしました。

新潟県に関連した内容とはどういったものですか?

新潟市は最後まで原爆投下の目標地として候補に挙がっていた場所です。

新潟市周辺で長崎に投下された原子爆弾と同じ大きさ、重さ、形の模擬爆弾を使い、原子爆弾を投下する練習もされていました。

また、当時の新潟県知事が、広島と長崎に原爆が落とされた後、新潟も危ないかもしれないということで、市民を疎開させたというエピソードもあります。

そういった内容をまとめてパネルにし、展示の中で紹介しました。

岩手県の盛岡で展示を行った時は、東北ゆかりの作家井上ひさしさんの「少年口伝隊一九四五」の一節を紹介したこともあります。

広島と地方の接点は、どうやって調べているのですか。

土肥 幸美さん

資料館のホームページの中にある​平和データベース​ (http://www.pcf.city.hiroshima.jp/database/​​​) を使っています。キーワード検索ができるようになっており、書籍の目次も登録されていますので、地方名を入れると何かしらヒットします。調べるのにとても便利なんです。

土肥さんが携わった事業で海外展示はありますか。

土肥 幸美さん

はい。私がメインで企画したものではありませんが、海外での展示に関わったことはあります。
海外の展示で一番の驚きは、こんなにも広島に関心を持っていただけるのか、ということでした。「Hiroshima」という地名が世界のどこに行っても知られていると感じます。

展示をご覧になった海外の方の反応はいかがですか。

多くの方はひとりの人間として辛く、悲しい出来事だったという点で共感して展示をご覧になっていました。

広島平和記念資料館へも毎年たくさんの海外の方が来られますが、やはり、神妙な面持ちで展示物に向き合っておられ、感想文も「二度とあってはならないことだ」とか、「戦争はやはりよくない」といった素直な気持ちを書いてくださっている方が多いと感じます。

色々な思想や宗教、政治観などが絡んでくると、原爆というテーマはとても難しくなりますが、原点として「この出来事はやはり悲惨である。」ということは万国共通の思いとして持っていただけているのではないかと感じます。

Section 4演劇集団「ふらっと」での活動

土肥さんは学芸員の他に、演劇を通して広島の継承を考えていらっしゃいますが、どんな活動をされているか詳しく教えてください。

土肥 幸美さん

休みの日には、アマチュアの劇団「演劇集団ふらっと」で朗読劇の活動をしています。
最初は裏方のスタッフとして参加をしていたのですが、2年前から舞台に出るようになりました。
この劇団は、被爆体験を語り継いでいく作品と、朗読や演劇の楽しさを伝える作品を、交互に上演して活動しています。

表現活動は、資料館のお仕事とは全く違ったアプローチでの継承方法だと思いますが、活動を通してどんな点が違うと感じられますか。

土肥 幸美さん

そうですね。原爆というテーマを客観的に冷静に考えていくという点では、資料館の展示が向いていると思います。一方で、より直接的に感情を伝えていけるのは劇の方かなと思います。
舞台は、自分がまさにメディアになりますので、作品の中のメッセージを自分の身体を通して表現して伝えていきます。仲間と一緒にアイデアを出しあいながら継承の方法を模索できる自由度の高い方が舞台、という位置づけで考えています。
今の自分には両方必要だと思っています。

Section 5継承の中で大事なこと

被爆者が高齢化している中「継承」が声高に叫ばれていると思うのですが、資料館に勤務をされている土肥さんが考える「継承」について教えてください。

戦争体験を継承しないといけないと言われる理由は、結局、その問題がまだ終わっていないからだと思います。
終わっていないということは、今の問題であり続けているということで、若い人たちがそこに気づかなければいけないのではないでしょうか。

個人的に、継承の中で大事だと思う点は、亡くなった人の存在を感じ続けることです。
ある被爆者のお話の中で「みんなは僕の体験に注目するけれど、僕は、僕自身のために証言しているのではなくて、語れなかった人たちの代わりに証言している。亡くなった人たちのことを知って欲しくて語っている。」という言葉がありました。
それを聞いた時に、自分の中にはない感覚だと感じて、はっとさせられました。

被爆体験は、原爆の後に生きることが出来た人たちの体験談です。
今、語っている被爆体験者の方たちは、亡くなった方たちの伝承者という面があると思います。
被爆体験そのものを詳しく知り、覚えておく気持ちは大事だと思いますが、その前に、それすら語れなかった人たちがいることを忘れてはいけないと思います。