シュモーおじさん

シュモーおじさんをしっていますか?

ねぇねぇ
シュモーおじさんてしってる?
むかし、広島が焼け野原になったあと
アメリカから仲間を連れて
家を失った人たちのために
お家を建ててくれたんだって。
シュモーおじさんはね、
とってもやさしくて、ねばりつよくて
平和が大好きだったみたい。
シュモーおじさんの周りにいる人たちは、
みーんなニコニコしていたんだって♪

シュモーおじさんはどんな人シュモーおじさんはどんな人なの?

米国シアトルに住み、大学で森林学の講師をしていたシュモーさん。 広島・長崎の原爆投下に心を痛め、その罪を償うためにたちあがりました。 資金を集め、仲間を誘い、入念な準備を重ね、 1949年から5年間にわたり広島にやってきて、原爆で住まいを失った人々のために皆が協力して家を建てたのです。その家は、人種や宗教など様々な違いを持つ人たちが一緒に汗を流して完成したものです。 シュモーさんは、家を建てることでお互いを理解し合い、それを積み重ねることで平和な世界を作ろうとしたのです。

シュモーおじさんのイラスト

どんなえほんなの?

  • 明るい未来が感じられる
  • 心が温まる
  • 未来に向けて
    明るく元気になれる
  • つい笑顔に
    なってしまいそうになる
  • 勇気がもらえる
  • 心に安らぎをくれる

子どもたちに、人間の貴さ、平和のありがたさを教え続けよう。
彼らがきっと戦争のない世界を実現してくれるに違いない。
(フロイド・シュモー)

あらすじ

原爆が投下されて間もない1949年の夏
シュモーおじさんとその仲間たちは広島にやってきました。 彼らはいろんな国のいろんな町からやって来て力を合わせて ニコニコと楽しそうにお家を建て始めたのです。

”お家を建てればみんなが集まる”
”みんなが集まればなんだか安心できる”

(シュモーおじさん)より

えほんをみてみる?

未来を生きるこどもたちに、シュモーおじさんの平和への想いとともに
この絵本が多くの人々にながく読み継がれますように・・・

絵本の中イラスト

読者の声

大阪在住 1歳児母より
シュモーおじさんの絵本大切にします。 そして、いつか子供に読んでやりたいと思いその日を楽しみにしています。

茨城県 主婦
子どもたちに、優しい言葉で、わかりやすく、悲しい現実と明るい未来が感じられるこの絵本を使って平和の大切さを伝えていけたらと思っています。

匿名さん
絵本という、誰でも読みやすい本で私たちにシュモーおじさんが生きていた証と希望をくださったという真実を教えてくださってありがとうございます。

シュモーおじさんの絵本の表紙

シュモーおじさん
Mr.schmoe came to hiroshima

  • 発行者:シュモーに学ぶ会
  • 発行日:2019年8月4日
  • 判型:A4 32頁
  • 価格:本体価格 1,300円(税込)
  • 販売先:広島平和記念資料館ミュージアムショップ
    広島市江波山気象館ミュージアムショップ
戸川幸一郎さんの写真

作家:戸川幸一郎

絵画造形家 1976年広島県呉市生まれ美術のカテゴリーを一つに絞らないスタイルで、油絵、水彩、彫刻、陶芸と幅広い。2005年には、絵本の出版も手掛ける。 こどもから高齢者まで、そして障害のある人たちとも絵画で繋がるコミュニティを構築する、他に類を見ない絵画造形家である。

メディア実績

絵本のイラスト
  • 2016.5.15 朝日新聞朝刊掲載
  • 2016.6.25 中国新聞朝刊掲載
  • 2017.8.3 フジテレビ「奇跡体験アンビリバボー」放送
  • 2018.8.4 NHK ETV特集「シュモーさんを探して」放送
  • 2018.8.9 NHK WORLD TOKYO 「BUILDING HOMES FOR PEACE」放送
  • 2020.3.23 中国新聞朝刊掲載

シュモーさんが建てたお家は今でもあるの?

1戸だけ残ってるんだよ。広島の江波に。
「ヒロシマの家」から「シュモーハウス」に名前を変えて、
広島平和記念資料館の附属展示施設として生まれ変わったよ。

シュモーハウスができるまで

  • 1949年の写真

    「ヒロシマの家」にこめられた平和への思い。
    シュモーさんは、家を建てることだけでなく、平和の構築という、もう一つ重要な目的を持っていました。

  • 1950年の写真

    家を建てることによって
    お互いを理解し合い平和が訪れますように

    スローガンを掲げ、この過程にこそ平和への道筋が生まれると信じていました。

  • 1951年の写真

    国籍・宗教・言語も年齢も、 様々な違いを持つ人々により、「ヒロシマの家」は建てられていきました。

  • 1952年の写真

    「ヒロシマの家」の活動は 長崎にも広げ、住宅8戸と集会所を建て 長崎市にも寄贈しました。

  • 1953年の写真

    牛田東1戸の住宅完成後、シュモーは一連のプロジェクトの終了を発表。 その後も長崎・韓国・中東などの国々で支援活動を続けました。

シュモーさんたちが昔建てた21戸の「ヒロシマの家」は 数十年を経て老朽化し、一つ、また一つと撤去されていきました。

最後にたった一棟残されたのが 現在広島市中区江波二本松にあるシュモーハウスです。

シュモーさんたちの活動をはじめ被爆後の広島に寄せられた海外からの支援を紹介する、 広島平和記念資料館の附属展示施設として残されています。
シュモーハウスを見に行く?

シュモーハウスの写真
絵本の中の家のイラスト 木のイラスト
シュモーに学ぶ会

絵本に込めた想い


被爆者に寄り添い、仲間と共に原爆で家を失った人々のために家を建てたシュモーさんの「戦争で困るのは国家でもない、都市でもない、ただ人である」 という言葉は、現在、世界各地で起こっている紛争などの報道を見ても痛感させられます。



でも、人は微力であっても決して無力ではありません。
これから広く世界に羽ばたいていく子どもたちに、さまざまな違いを乗り越え、仲間とともに平和を築くことの大切さを伝えたくてこの絵本を作りました。

代表 西村宏子

シュモーに学ぶ会について

2004年「シュモーさんの『ヒロシマの家』を語り継ぐ会』として発足。2014年、「シュモーに学ぶ会」と改称し、「ヒロシマの家」に関する資料の収集・聞き取り、書籍の発行をしている。また、シュモーさんたちの足跡を辿りながら、その功績を次世代に伝える活動に取り組むほか、広島平和記念資料館の委託を受け、シュモーハウスの展示解説を行っている。

シュモーに学ぶ会の写真

本の紹介

  • 冊子 平和の足跡 シュモーさん『ヒロシマの家』 (2007 年)

  • 紙芝居 シュモーさんとヒロシマの家 (2013 年)

  • 冊子 ヒロシマの家―フロイド・シュモーと仲間たち (2014 年)

  • 絵本 シュモーおじさん 日本語 (2016 年)

シュモーさんが書いた動物のイラスト

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