ヒロシマの記憶を
継ぐ人インタビュー
受け継ぐ
Vol. 10
2017.6.9 up

被爆者の体験のコピーではなく、精神を理解して自分の言葉で次世代に生き続けるように伝えていく

西岡 幸子Sachiko Nishioka

広島市伝承者養成事業 伝承者候補生

西岡 幸子さん

今、ヒロシマを語り継いでいる人たちは何を想い、何を伝えようとしているのでしょうか。
2011年に起きた東日本大震災のボランティアが大きな転機となり、広島市伝承者養成事業のプログラムに参加された伝承者候補生の西岡幸子さん。伝承者を志したきっかけや、伝えていきたい想いを伺いました。
◆被爆体験伝承者の養成
被爆者の高齢化が進む中、被爆者の体験や平和への思いを継承し、概ね3年間をかけて被爆体験伝承者を養成する。
https://www.city.hiroshima.lg.jp/site/atomicbomb-peace/10164.html

目次

  1. 伝承者養成事業に応募したきっかけ
  2. プログラムに参加して感じたこと
  3. 活動を通して伝えていきたい想い

伝承者養成事業に応募したきっかけ

被爆体験伝承者養成事業に参加されようと思われたきっかけを教えていただけますか?

西岡 幸子さん

ボランティア活動自体に昔から興味があったのがきっかけです。
私が中学生の時、阪神淡路大震災がありました。
その頃からボランティアに参加してみたいという気持ちがあったのですが、行動に移せずにいました。

西岡 幸子さん

大人になり、結婚をして、子どもを抱えてテレビを見ていた時に、2011年の東日本大震災が起きました。
その際、石巻市へボランティア活動に行ったのが大きな転機だったと思います。

石巻市のボランティア活動の中で、気持ちの変化があったということでしょうか。

西岡 幸子さん

私にとってのボランティア活動は、当たり前に過ごせる毎日がいかに有難いことか、改めて気づかされる貴重な場になっています。
平穏に暮らせていることが普通なのではなく、常に周囲の支えがあるからこそ平和でいられるのだと、ボランティアに行くたび、より強く考えさせられます。
そういう気持ちを大切にしていきたいからこそ、定期的にボランティア活動へ参加しています。

西岡 幸子さん

石巻市のボランティアの経験と、元々原爆というテーマに関心があったこと、そして被爆体験伝承者養成事業の2期生の募集が重なり、被爆体験伝承者養成事業への参加を決めました。

プログラムに参加して感じたこと

実際にプログラムを受けられた感想はいかがですか。

1年目はひたすら被爆者の方のお話を伺い、2年目からはフィールドワークをしたり、自ら担当以外の被爆者の方にも声をかけたりしました。
話を聞くだけと比べ、フィールドワークでは、受け取るものや、感じるものが、全く違いました。
被爆者のお話を伺いながら実際にその場を歩き、目で見て体感することで、当時の情景をより臨場感のある形で思い浮かべることができました。

被爆者の体験を受け継いでいく上で、大切だと思われることはあります

西岡 幸子さん

被爆者の体験のコピーではなく、精神を理解して自分の言葉で次世代に生き続けるように伝えていくことが伝承者にとって必要だと思います。

西岡 幸子さん

そして、自分の感情を出来るだけ入れず、客観性をもって淡々と伝えていくことが、何より大切になってくるのではないかと思います。

活動を通して伝えていきたい想い

最後に西岡さんが伝えていきたい想いを教えてください。

責任を重く感じすぎて行動できないより、興味を持ったら行動していくのが一番だと思います。
確かに伝承者の役割でいうと、広島市が認可しているというだけで、ヒロシマを背負って話をしていく責任は大きいかもしれません。

私も、伝承者プログラムへ参加しようとした時に、母や母の友人に「自分だったら責任が重過ぎて出来ない。」と言われたものでした。

伝承活動もピースボランティアも、継ぐ展に参加される方もそうですが、前に進むことを躊躇するよりは、興味をもって、少しでも色んなことを伝えていくことが重要だと私は思います。
たまたま見聞きした人が、それを機に動き出すこともあるかもしれません。
私たちの活動に無意味なものはなく、一つ一つの小さな行動が意味を持つと思っています。

そして、戦時中を生き抜いた先人たちが、身を持って築いた貴重な平和を守っていかなければいけないと、訴えていきたいと思います。

ありがとうございました。

2017年6月 取材