第三世代が考える ヒロシマ「」継ぐ展

活動報告Report

継ぐ展4日目レポート(広島会場)

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みなとみらい会場のレポートからの続きです。

昨年から8月6日の広島とうろう流し会場では、継ぐ展のブースが設けられ企画の一つである「とうろうに込めるメッセージ」を行っています。
今年は、広島大学、広島修道大学をはじめとするボランティアスタッフ14名がブースを支えてくださいました。


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夜になるにつれて来場者数は増えていきました。
送られたメッセージは、広島、みなとみらいの会場双方のスクリーンに投影されました。

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そして、18時からみなとみらいでは、広島会場の様子をライブ中継しました。

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8月5日に行われた「語り部 岡田恵美子さんと対話をしよう」内で書かれた紙のとうろうは、
連携している団体、ピースポータープロジェクトさんの手により、広島の川に流されました。

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ボランティア参加者の広島大学経済学部3年 北川楓さんから頂いた感想です。

”1945年8月6日午前8時15分” 小学生の頃から毎年のように登校日ということもあって、「この日は黙祷するのが当たり前!」と思ってました。 平和学習も「またこの季節がきたな〜」という姿勢で取り組んでた自分がいました。

しかし、大学に入り他県の友達と話していく中で「日にちは知ってるけど、投下された時間までは知らない」という人が多く、とても驚かさました。 「当たり前」が「当たり前でない」と変わった瞬間でした。

今年、ヒロシマ「 」継ぐ展のボランティアに参加させていただきました。 広島に10年以上住んでたのにも関わらず、8月6日に実際に平和公園にいたのは初めてで、また長時間過ごしたのも初めてでした。

ふと、「自分が立ってる場所は71年前はどうなっているのだろう。」と想像してみようと思いましたが、想像することはできませんでした。 それまでの自分には現実と向き合う覚悟がなかったのです。

しかし、このボランティアを通じ 改めて自分たちには時間がないことが気づかされました。被爆者の方々の平均年齢は80歳を超え、生の声を聞く機会が年々少なくなっていることを思い知らされました。 これからの与えられる機会をしっかりと活かし、「現実」と向き合わなければと強く思いました。

そして、私自身が見たこと・聞いたことを家族や周りの友達に発信していくことが私にとっての「継ぐ」ことです。

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広島大学教育学部第3類日本語教育系コース2年 小川歩美さんから頂いた感想です。

私は今年、第三世代が考えるヒロシマ「 」継ぐ展に学生ボランティアとして参加しました。
前から何かヒロシマや平和に関する活動に参加してみたいと思っていましたが何もしておらず、今年こそはと思いインターネットで検索をかけてみたところ、広島大学のホームページで「継ぐ展」のバナーを見つけました。
「継ぐ展」は、若い世代がクリエイティブな形でヒロシマを継いでいくというもので、他と違っていて興味をひかれて応募しました。

授業や試験期間の関係で、企画展本展のみなとみらい会場には行けませんでしたが、被爆者や伝承者へのインタビューの文字起こしと広島会場の運営で参加しました。

8月6日。この日に平和記念公園にいたのは初めてでした。
8時15分を過ぎてお昼になる頃、公園に向かって歩きながら「今踏んでいるこの場所は、71年前はどうだったのだろう。」と考えました。

ボランティア当日は、「継ぐ展」広島ブースの設営と、来場者の方にとうろうの流し方を説明しました。
「とうろうに込めるメッセージ」という企画は、会場にあるタブレットを使って、ヴァーチャルとうろうを作り、インターネット上の川に平和へのメッセージを込めて流すというものです。インターネットを通じて全国から送られてくるメッセージを8月6日の広島で受け取り、投影する役割を担っています。
とうろうを作る課程で、自分が平和に向けて出来ることを選択する場面があり、「継ぐ展」のタイトルにもある「 」の部分を考えるようになっていました。夜になるにつれて来場者は増えていき外国の観光者の方もいらっしゃり英語で対応しました。

「71年前のヒロシマはどうだったのか」。私にはまだ想像することが難しいです。平和学習の多かった私たちの世代でもこうなら、それ以降の世代はどうなるのだろうと危機感を覚えています。
被爆者の方々が証言できなくなる一方で、ヒロシマのことを知らない子供たちが増えているというニュースはよく聞きます。
そう考えると、知るだけではなく「継ぐ」ことの重要性を強く感じます。
「継ぐ展」に参加して、様々な人と知り合えたことで、30代40代の方々から私たち20代を含めて第三世代なんだなと気付くことができました。アイデアがないうちは先輩方の活動に参加して学びながら、第三世代同士で協働して考えて、継いでいけばよいのだと、この活動を通して知りました。

私はこれから、広島市の被爆者体験伝承者プログラムに応募したいと考えています。
「継ぐ展」のホームページの中にあった「広島の記憶を継ぐ人インタビュー」で伝承者として活動されている女性の記事を読んだのがきっかけです。
色々な気付きや人との交流、きっかけを得ることができた「継ぐ展」に来年も参加したいと思っています。

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広島継ぐ展ブースのみなさん、おつかれさまでした!

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