第三世代が考えるヒロシマ「 」継ぐ展

活動報告

広島大学3年生の広島取材体験レポート

2018.3.27 /

2月21日、22日に広島を取材した広島大学 文学部 3年 宮迫 陽奈さんから感想を頂きました。

<レポート 広島大学 文学部 3年 宮迫 陽奈>

第三世代が考えるヒロシマ「」継ぐ展のインタビュー取材に参加して感じたこと

2018年2月21日、私は第三世代が考えるヒロシマ「」継ぐ展のインタビュー取材に参加し、広島平和記念公園や資料館で、3名の方のお話を伺いました。

一人目の西村宏子さんは、「ヒロシマについて子供たちに伝える言葉を持ちたい」という想いをきっかけにピースボランティアに応募され、活動を通してヒロシマや平和について学ばれました。お話の中で「一人でも学ぶことはできるけれど、壁にぶつかった時に、仲間と共に学ぶ大切さを実感した」とおっしゃっていました。
確かに、知識を習得するだけなら一人でも可能だと思います。しかし、知識を深め、さらに被爆者の声を後世に継いでいくとなると集団や仲間との学びは必要だと感じました。
平和は一人では成しえないものです。今後、私たちが伝える側になった時、私たちの声を受け取る人たちと共に考えや意見を共有する場所をつくっていくことが大切なのではないだろうかと思いました。

二人目の被爆者の兒玉光雄さんは放射線の恐ろしさを、ご自身の染色体異常や病を用いて語られました。兒玉さんは8月6日を生き抜いた友人たちが、白血病やガンで亡くなり、ご自身も60歳の時にガンを発症したことをきっかけに語り始めました。
語る上で、特に放射線の恐ろしさを今の人たちがリアルに想像出来ていないことを危惧されていました。戦後70年以上が経過し被爆者が減少していく中、私たちが現状に甘んじてはならない。と強く思わせてくださる力強いお話でした。
原爆や戦争の非体験者が恐ろしさを100%理解することは難しいと思いますが、個々の努力によってそのパーセンテージをあげることは出来るのではないかと思います。

三人目の平和記念資料館の学芸員である土肥さんは、学芸員の立場からヒロシマを継承していくことについてお話してくださいました。
学芸員は平和そのものをダイレクトに訴えるのではなく、客観的視点で8月6日の歴史的事実を資料の展示を通して第三者に伝えることを使命の一つとされています。
継承をしていく上で、亡くなった人の存在を感じづけること。被爆体験を語れなかった多くの人々の存在がいることの2点を常に心に留めているとおっしゃっていました。
実際に、資料館の展示は、8月6日の事実を数字だけで表さず、人間や生活が存在していたことを実感できるように、資料にまつわるエピソードが解説文として書かれています。
私たちは土肥さんと同じく、史実とその背景にある想いに注目して、資料が継承され続けている意味や問題に正面から向き合いながら考えていかなければならないと感じました。

三人のお話を通して、ヒロシマや平和について考え、継いでいく上で自分には何が必要なのか、何に重きを置くべきなのかが少し垣間見えた気がしました。
一人一人できることは限られていますが、取材の経験を最大限生かして行動していきたいと思います。

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